医療費負担を低減するために効果的な政策を考える。

厚生労働省によると2014年度「日本国民の医療費」は約41兆円との事。

その内、患者負担は約5兆円の12%だそうです。医療費1割負担の後期高齢者の割合がいかに大きいかこの負担分から分かります。

後期高齢者ではない人は3割負担ですから。母集団を考えれば、患者負担も30%に近似するはず。

そうでないという事は、病院を使うのはその大部分は後期高齢者という事を意味しているのです。

財務省は国と地方自治体の借金が2017年度末で1,093兆円に達する見通しであると発表しました。

そんな財政状態において、医療制度維持のための予算11.8兆円(2017年度)は大きいという事が言いたいようです。

だから財務省はしきりに消費増税に拘ります。

2014.4に消費税が5%から8%になって、消費が冷え込んだのに懲りず、2019.10にはこれを10%に増税しようとしています。

結局消費が冷え込み、デフレが継続。税収が増えない事を意味する悪手かと思います。

加えて上述した医療費を削減するため、2017.1から、「セルフメディケーション税制」を施行しました。

 

「セルフメディケーション税制」とはなにか。

「セルフメディケーション税制」とはつまり何かというと、むやみに病院へ行かず、たとえば自分で風邪だと判断できるような時には、近所のドラッグストアでOTC医薬品(要は医者に処方されたものではない薬)を使ってケアしてくれたら、そのOTC医薬品を購入した金額の内、その年中に12,000円を超える部分の金額が所得控除できるという税制です。(所得控除上限は88,000円)

要は、公共の健康保険の負担を伴う、病院の受診を控えて、自分で薬を買って治せば、多少税金が戻ってくる、という仕組みなわけですね。

財務省と厚生労働省としては、この税制により、国民がなるべく病院を使わないような意識を持って、医療費を削減できると考えているわけです。

なかなかの浅知恵だと思います。

なぜなら、例えば私のケース(30代前半の平均的に健康な男性)で考えてみましょう。

私は多くて、毎年2回程度風邪をひきます。季節の変わり目とかですね。

その際に風邪薬を買うとしましょう。まあ一週間分の風邪薬、どう金額を大きく見積もっても2,000円前後だと思うんですよね。

それが年に多くて2回ですから、OTC医薬品の購入金額はせいぜい5,000円といったところです。

年12,000円の半分にも満たないですね。年に風邪6回もひかないでしょうし。

つまり年間OTC医薬品を12,000円より多く購入する人も結構限られてくると思うんですよね。

「セルフメディケーション税制」を使うインセンティヴがなさすぎだと思うのです。

 

本当に病院受診回数を減らしたいのならば。

財務省と厚生労働省が、本当に病院の受診回数を減らしたいと考えているならば、上記した「セルフメディケーション税制」などという無意味なものではなく、以下の政策を実行するべきかと思います。

・病院利用の少ない人間の健康保険料を減額する。

病院を使わなければ可処分所得が増えるわけですから、強い意志と一定程度の体力があれば、これは可能だと思いませんか?
私はただの風邪が明らかなら、健康保険料が安くなるならば、病院に行かずに治すインセンティヴが働きます。
毎月健康保険料を50,000円~60,000円払って、ほとんどの月で我々若者は、病院なんか行っていないのです。いわば、後期高齢者の医療費を負担してあげている状態なのですから。
病院を使うな、というなら、その分、健康保険料を安くして欲しいというのは私的にはかなり合理的で論理的な話です。
しかし財務省はこれを絶対是認しません。なぜなら、財源が悪化するからです。
国民の健康というよりも、国のバランスシートの見栄えを良くすることに彼らの正義はあるので。

 

・安楽死・尊厳死の法制化

ずっと提言している政策です。
医療費って若者はほとんど使わないんですよ。
医療費のほとんどのボリュームゾーンは死ぬ半年前くらいの高齢者が使っているのです。
だからアホウな税制でちょびちょび若者が病院を利用しないようにするなんて全く論外。財政再建に何の寄与もしない可能性が高いと私は思います。
高齢者の治る見込みのないガンや胃瘻などに大金を使っているのが現状なわけです。医療費が増大している本当の原因は高齢化にあるのですから。
なので、平均寿命±10年くらいの高齢者なら、ガンや他の病気というのはもはや、寿命なのではないかとすら思うんですよね。
それを無理矢理生かしているから、医療費がかさんでいる。だからここを改革する事が真の意味での医療費削減につながるのです。
しかしそこはタブー視する。なぜか。
簡単な話で、結局日本という国はシルバー民主主義が支配しているからなんですよね。高齢者の治療を止めるというごく真っ当な政策を提言しようものなら、全国の年寄りが選挙でその志ある政治家を落選させてしまいます。
だから、政治家は一番大きな票田である高齢者におもねるしかない。高齢者の好むような短期的便益の追及にばかり腐心する法律や政策しか出てこないから、若年の現役世帯や子供などに対する政策は後回し、というか国会での議論すらされていないような状況にもなってしまうわけです。
しかしこれは本当に高齢者の便益に資するのかと言うと私には大いに疑問があります。
つらい病気になって、若いならともかく平均寿命に近似しているのに医学の力で生きながらえるって高齢者本人が苦しくないですか?一種の高齢者虐待にも思えるのですが。
死とは、いいものでも悪いものでもなく、厳然とそこにあるものです。
いわば、治る見込みのない癌になったという事は、その時が来たという事を意味しているとすら言えるのです。
厚生労働省がする事は無駄な延命治療ではなく、緩和ケアの拡大利用ですよ。どれだけ苦しまずに天寿を全うできるかを考えるべきなのです。
平均寿命と健康寿命を一致させるためにも、この安楽死と尊厳死の法整備というのは、未曾有の高齢化社会である日本こそが世界に先駆けて組成するべき仕組みなのです。

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