「死ぬくらいなら会社を辞めろ」という暴論

厚生労働省によると2015年の過労死・過労自殺した人は482人を数えるという。

今この瞬間にも、ブラック労働の憂き目にあい、苦しんでいる人たちがいるわけです。

ブラック労働とは何も目に見える長時間労働ばかりではない。

上司からのパワハラだったり、セクハラだったり、同僚との人間関係だったり、納得できない仕事を反論もせずに強制される事も十分神経を病ませるに足る事象である。

 

働き方改革の要衝

最近とみに「働き方改革」という大言壮語が叫ばれていますが、実体として何をやっているかと言うと、なんだか、残業時間の上限を設定するとか的外れな事ばかりに始終していますね。

残業時間の上限を守らない輩が横行しているから過労自殺やらが起きているのと違うんですかいな?

そういう横暴な管理職とかをどう統制するかにむしろ注力すべきなのに、なんだか、働き方改革は迷走しているようにしか見えませんね。

なぜ迷走してしまうかと言えば、改革の当事者が目標とかゴールが分かってないからなんでしょう。

どこに向かうべきか、定量的な目標を設定せずにとりあえず長時間労働かわいそう!という感情論で動いているから労働環境は一向に良くならないのです。

私なら働き方改革の要衝を簡単に設定する事ができます。

それは「年功序列制度」の廃止、そしてそのために「定年制を廃止」する事だと迷いなく答える事ができます。

 

「年功序列」こそが諸悪の根源である

私の考える働き方改革はシンプルですが、自分では本質的だと思っています。

つまりまずイの一番には「年功序列」を廃絶するように頑張ればいい。

年功序列はその社員の能力や人格には関係なく、長く会社に在籍していれば、無条件で給料は上がるし、権限も権力も増していくというまるで、不合理の権化のようなシステムです。

この制度があるせいで、能力も実績もなく、かつ、人格にも非があるような高齢社員が管理職や経営者になってしまう。

それでそんな人間が上になるので、統制環境が劣悪化し、下で働く部下の労働環境が悪化しているのです。

つまり、年功序列がなくなり、ある程度適切な人事評価によって、上に立つべき人間が選ばれるならば、今の労働環境は劇的に改善すると思うモノです。

小手先で残業時間規制とか不毛な事をやっている場合ではないと思うのです。

 

なぜ、定年制廃止か?

年功序列を廃絶したいのに、その方法として、定年制の廃止とは、矛盾しているように見えるかもしれません。

しかしさにあらず。

定年制を廃止する事によって年齢差別を排除する事で、高齢社員は極論、70歳になろうが、80歳になろうが、働く事になります。

ゆえに年金保険受給年齢も働けるうちは押し上げられるでしょう。

するとどうなるかと言うと、高齢社員は60歳や65歳で上がりなんて夢のリタイヤはできなくなるのです。

ずっと働いて自分の食い扶持は稼がなくてはならない。

しかし、普通人間のパフォーマンスというのは、年齢により落ちるものです。

高齢になり、パフォーマンスが落ちた社員に対して従来通り、年功序列で給料を漸増させていけば、プロフィットとコストが絶対に見合わなくなってきます。

それはすなわち、経営上の危機です。

経営的に危機が訪れれば、経営者は人件費について見直さざるを得なくなります。

そう、つまりパフォーマンスによって人件費や権力構造を弾力的・柔軟的に変えていかざるを得ないわけです。

つまり人事の自浄作用が働くと言うわけなんですね。

だから働き方改革としては、残業規制とか意味のない事はとりあえず止めて、定年制を廃止する事にシフトウェードすべきなのです。

残業規制とかそんな対処療法では、本質的解決を見ません。

働き方改革の委員にもう少し見識のある人物が必要ではないでしょうか。

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