【血液型星座】令和天皇(徳仁親王)×皇后雅子

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【血液型星座】佳子さま×眞子さま×愛子さま×小室圭

元号が変わるということで、そもそも、

「日本もグローバルスタンダードで、西暦に統合すべし」論が幅を利かせていて、私もそれに大いにアグリーしていました。

西暦を和暦に、あるいは和暦を西暦に直す作業というものが全国で発生していて、これは割と、無視できないくらい大きな経済的損失と言えるのではないかと感じていたからです。

少なくとも私はその作業が大嫌いです。平成23年が西暦何年か、パッと頭に思い浮かぶ人いますか?そこでは絶対に足し算・引き算の追加作業が発生します。

面倒なだけならまだしも、間違った事務手続きにより、経済事故などに繋がりかねず、また、システムの補修などの社会的な追加コストを考えると、元号など廃止してしまえば良いのでは?とは今でも思います。

ところが蓋を開けてみると、Twitterなどでは、元号ネタが盛り上がりを見せているのは、かなり意外なことでした。

とりわけ、私が尊敬する金融業従事者や、投資家、経済学者などが、こぞって、

「令和、おめでとう」とやるものだから、知らず私も、「元号ってまだまだ全然オワコンじゃないじゃん」と結局考えるに至ってしまいました。

そして若い人間が渋谷などで、令和時代のカウントダウンなどしているのを見るにつけ、日本人のアイデンティティ/遺伝子レベルにまで組み込まれた、「万世一系の血統」の「正当性」に依拠する本能は実は我々が思うよりも、もっと凄まじいモノなんではないかと考えを改めるに至りました。

「経済合理性」や「効率性」だけでは割り切れない何か、がそこにはあるのやもしれません。

 

【血液型星座】今上天皇徳仁 (Naruhito) × 皇后雅子

血液型は未公表。

ただ、愛子さまがA型という説が濃厚なので、ふたりともA型説が強いらしいです。

徳仁天皇は魚座。皇后雅子は射手座。

魚座は水の星座で、射手座は火の星座。このふたつの星座の相性は悪い。

皇后雅子は元々、ハーバード大→東大→外務省というCredencialsを持つ、かなりのバリキャリ。

絵に描いたようなキャリアウーマンである。

また、美人で、スタイルも良く、今でいうハイスペの走りのような女性。

そんなハイスペ女性がなぜ、皇室に?という素朴な疑問がある。

良くは知らないが、皇室に嫁いだということは、お世継ぎを産むことが何よりも重大事とされ、後はお作法に従うことを求められる、バリキャリには耐え難い環境なのではないか?と感じるからです。

実際に、2004年5月頃には、「適応障害」を患い、公務を休むという事態になったは記憶に新しい。

「適応障害」を患ってしまうような環境は、とても理想のキャリアパスとは思えないし、そもそも皇室入りした時点で、こうなってしまうことは、簡単に予見できたことでもあるとも思うところです。

ただあのおしとやかな美智子さまが嫁いびりをするとも思えないというのはあるが、そこはやはり皇室の人たちも人間ということなのでしょうか。

 

令和の皇后として

ただ令和新時代の皇后として、元バリキャリで、美人でスタイルの良い、皇后雅子は、象徴のアイコンとしては、とても格好が良いとは思う。

夫で、天皇である徳仁さまよりも、背も高い。妻の方がスタイルが良くて、堂々としているなんて、正に新時代にうってつけではないだろうか。対外国的にも、好影響がありそうだ。

お世継ぎを結局、女性の愛子さましか産めなかったことだとか、皇室のしきたりに耐えきれず、「適応障害」を発症してしまうことだとか、そんな右翼の高齢男性(女性)の眉を顰めさせることも多い現皇后ですが、私はそんなバリキャリでハイスペな自分を、長年皇室という環境に置かれながらも、捨てなかった現皇后を応援しています。

是非、新時代の主役として、現天皇を引き立てる、というよりもむしろ、現天皇よりもプレゼンスを発揮して、食ってしまえばいい、とすら考えます。

日本の新しい時代の象徴として、若い頃発揮できなかったその高い能力を存分に発揮してもらえるといいですね。

 

総括

現天皇と現皇后には、お世継ぎが女性の愛子さましかいない(愛子さまのような男系女帝は過去8人10代前例があるそうですが)ために、女系天皇の議論なども起こっているようです。

私など、皇室の理解に乏しい門外漢からすると、「男性でも女性でもどっちでも良いのでは?」という不敬なことを考えてしまったりするのですが、上にも書いたように、「万世一系の血統」の「正当性」を担保することにこそ意味があり、そこをないがしろにすると、そもそも皇室の存在意義が揺らぐのでしょう。

女系相続をもし許すのならば、本来の天皇家の機能が喪失されてしまうということです。

それならば(男系しか許さないのならば、)そんな男尊女卑的な考え方は問答無用であり、そもそも天皇家を廃絶せよ、というような極左論も展開されているようで、私はどちらかと言うと、そっちに近い考え方なもので、もはや、「血統」とかそういう考え方って令和の時代にどうなんだろう?とかも感じたりします。

私は血液型と星座の統計学的な相性診断などの方がよほど重要だと考えている門外漢ですので。

さはさりながらも、天皇が為す、(権力の正当性を前提とした)政治的正当性の認証行為などは、権力の一極集中などを抑止する機能などもあるようで、あたら疎かに考えるわけにもいかないということです。

右の世論も左の世論も、例によって行き過ぎな側面があるのでしょう。いつもの風景と言えば風景ですが。

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