【働き方改革とは】コンビニ24時間営業は是か非か

関連過去記事。

★コンビニ大手3社決算比較(2019.2)

http://tamojun51.com/archives/2390

★コンビニ大手3社決算比較(2018.2)

http://tamojun51.com/archives/1832

大手コンビニのフランチャイズオーナーが、加盟店付属契約によって、24時間営業を義務付けられている状況があまりに過酷だとして、営業時間短縮を申し出たがかなえられず、逆に違約金の支払いを迫られたことなどがあまりに非人道的過ぎる行いとして、物議を醸している。

★セブン本部、東大阪南上小阪店

https://biz-journal.jp/2019/03/post_27044.html?utm_source=rss20&utm_medium=rss

フランチャイズ契約とは、大手コンビニ資本側からすれば、つまりは、一部経営の外出し。

アルバイトの雇用や監督管理。諸々の事務/経営/運営リスクをフランチャイズオーナー側に委譲できる、それなりに経済合理的なシステムである。

★コメダHDなどが特に上手くワークしている印象。

http://tamojun51.com/archives/1760

そういう大資本の経済合理性や、我々が日々の便利さを享受する裏側で、過酷な労働やストレスフルな経営環境に身を置き、命をすり減らしているフランチャイズオーナーがあるという事実を我々は忘れてはいけないというひとつの教訓が得られたと思います。

 

個人的には全店舗が24時間である必要はないと思う

個人的には深夜にコンビニなんか使わないので過剰サービスと感じている。

24時間、煌々と灯を照らしながら、365日、ずっと眩しいままというのもむしろ不健全でしょう。

偏見かもしれませんが、深夜のコンビニにはヤカラも多そうな気もします。

地方のヤンキーやDQNのたまり場などになって、犯罪の温床にならないとも限らないでしょう。

生活の多様性は認められるべきだが、同時に、夜は眠るものと太古の昔から決まっています。

サーカディアンリズムなどを考えると、深夜に活動しているというのは、人間にとって不自然な生き方なのでは。

そう考えていくと、24時間365日の営業というのは、社会的な過剰サービス、と言うかむしろ害悪と言えるまでの側面もあるのかも。

 

一方で多様性を保全するべきでもある

その一方で、やはり深夜に起きている人たち(芸能人・水商売・他サービス業の人たち)のために、24時間営業はむしろなくすべきではないという考え方もある。

人手が充足していて、かつ歌舞伎町のど真ん中とかに店舗を構えるフランチャイズオーナーならば、むしろ深夜帯こそ稼ぎ時とかそういう背景があるかもしれません。

そういうニーズを黙殺して、「この世に存在するフランチャイズオーナーはみな、過重労働で苦しんでいてかわいそう!」と感情論で、世論や中央行政などが、コンビニの24時間制度を殺してしまっていいのかどうかと問われると、私は今の、「24時間営業を強いるセブンが悪!」という論調が感情過多に見えてきて、なかなか同調しづらいものを感じるのも事実です。

また、深夜帯はアルバイトの時給も良い。

夜に強くて、昼寝ていたくて、深夜に働きたいというアルバイトだって中にはいるでしょう。

そういう人と違う働き方を志向する人間の気持ちを封殺する社会が良い社会なのだろうか?

それに深夜帯の営業で、粗利が出ている店舗も多いというデータもあります。

「24時間営業は悪!」という極論にすぐ偏向してしまう世論って危険ですらあると思います。

 

世論(外野)はただ喧嘩したいだけ

上記のように、賛否両論を展開するのはおそらく小学生の知力でも簡単にできます。

というか、賛否両論戦わせるまでもなく、多くのフランチャイズオーナーでも何でもない、ごく普通の一般人にとっては、24時間営業を止めるメリットなんて何もない。

それなのに、この事件で、世論が大きく鳴動しているその理由とは一体何なのか。

それはきっと、多くのサラリーマンなど、本意でない過酷な労働に従事している人たちにとって、このフランチャイズオーナーの境遇がヒトゴトでないというところが大きいのでしょう。

バカな上司やアホな客に頭を押さえつけられながら不本意な人生を全うしている自分たちの姿を、大手コンビニ資本にやり込められているフランチャイズオーナーに無意識の内に投影してしまっているのでしょう。

つまり、大資本vsフランチャイズオーナーの闘いは、彼らにとっての代理戦争なのかもしれません。

要は外野はみんな、セブンやそのフランチャイズがどうなろうが、そこは知ったこっちゃない。

単に憂さ晴らしがしたいだけ。この闘いはその格好のコンテンツ/娯楽だったと。

喧嘩ができればそれでいい、というのがこの本質なのだから、そこに「解決がどう」とかわざわざブログとかに書くのも無粋極まりないとも思うのですが、とりあえず私の考えるソリューションをひとつ。

 

根本の問題は画一的な中央集権体制にこそある

この問題の根本にあるのは、大資本による中央集権の機能不全なのでは?と思えてなりません。

つまり、各店舗はそれぞれの地域にあり、そこの消費者やアルバイトなど、当然地域性格が発現するのは当然です。

それを加味せずに、一律、基本契約および付属契約で統制しようとするから、こういった歪みが生まれてくるのでは。

不夜城歌舞伎町のど真ん中の店と、高齢者ばかりで夜10時に寝静まる東北の片田舎の店に同じスタンダードは適応できませんね。(さすがにそれくらい極端な例だとある程度コントロールしているのかもしれませんが)

そういう様々な地域キャラクターを無視して、一律同じ契約というのは、ハタから見ると明らかに不自然。

店舗ごとに、弾力的な契約体系で運用する時期に来ているのでは。

深夜帯に粗利が出にくい店舗なら、思い切って、深夜は営業止めちゃってもいいし、あるいは、深夜は商品の値上げをさせる権限をフランチャイズオーナーに持たせるとか。

さすれば、深夜の割増人件費にも対応できて、人手不足も緩和される可能性もあると思います。

(要は昔ながらの近所の酒屋さん化したっていい店舗があるのでは?)

当然、ただひとつの契約書を準用している現状と比較すれば、コンビニチェーン側はその運用が煩雑になるでしょうが、そこは、経営機能をフランチャイズに押し付けているのだから、コンビニチェーンの(優秀なはずの)ホワイトカラーが頑張れよ、と思います。

「深夜営業止めるか止めざるか」の二元論しか展開できない、世論はやはり愚かだと感じざるを得ませんね。

「男か女か」

「外国人か生粋の日本人か」

「白人か黄色人種か」

「右か左か」

こういう二元論しか展開できないおバカさんたちと似た雰囲気感じます。

 

総括

結論、ある程度、契約や運用方法をローカライズして、後は、市場原理・民間の競争に委ねたらいいだけの話ななのではないかと考えます。

そこでは世論とか行政の圧力とか、多様性を認めない中央集権体制とかはむしろ邪魔な存在。

そういう緩やかに、多様性を認められる社会が、真に「良い社会」と呼べるのではないかと思料する。

 

話は変わるが以前住んでいた川崎のとあるセブンイレブン。

高齢女性。(おそらく40代のフランチャイズオーナーである息子の母親でしょう、)が頑張って店員として働いているのを何度も見ました。

コンビニのオペレーションは多くの方がご存じの通り、ますます複雑怪奇になっているわけですが、私が差し出す、公共料金の支払いだとか、電子支払いだとか、宅急便だとか、プリントアウトだとか、その他雑多な面倒な処理に対して、

「あれ?これで良かったかな? ああ、動いた」

という感じで、若い人間ほど処理が早くないとは言え、きちんと店員をやっているのを見て、とても感銘を受けました。すごい脳が動いている感じです。彼女はボケないのではないでしょうか。

例えば今、大企業なんかで、60歳前後のオッサンオバハンがいっぱいいると思いますが、その多くが、とても分不相応に高い給料を受け取っています。

この60歳前後の高齢社員はきっと、このコンビニのおばちゃんのような働きは絶対にできないでしょう。

それなのに、このおそらく息子の手伝いをしているであろうおばちゃんの給料は、息子の確定申告の節税目的の専従者給与として貰っているいくばくかに過ぎず、ただただ運良く、大企業で定年間近まで勤めることができただけの高齢ホワイトカラーに遠く及ばないのです。

こんな経済不合理が許される社会は間違っている。

コンビニという身近な社会インフラを考える時に、私はそうも考えます。

★ホワイトカラーをガンガンリストラして需給調整しよう。

http://tamojun51.com/archives/1163

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