【中編】ジェンダーギャップ指数2018についての考察

前篇の記事。

★【前篇】ジェンダーギャップ指数2018についての考察

http://tamojun51.com/archives/2238

前半では、

・日本のジェンダーギャップ指数は110/149で未だに世界相対的にかなり低い。

・低い原因は政治(125/149)と経済(117/149)

・それなら政治と経済に参加する女性をもっと増やせば改善される話である。

・そのための障壁となるのが政治・経済界において、強大な既得権益を保持したままの高齢男性層である。

・つまりジェンダー後進性を是正するためにも、あらゆる政治・経済の合理化、活性化を成し遂げるためにも、若い女性と男性は共闘して、この強大な共通敵である、既得権益に立ち向かう合理性がある。

・しかし実態は共闘関係が築けていないのではないか?(不合理状態になっているのではないか?)

・むしろお互いにいがみ合っているのではないか?

上記の問題点があるという認識です。

 

男女間に給料格差があるというのは本当なのか?

「同じ仕事をしているのに女の方が給料が少ない」

という話をする人がいますが、これは真実なのでしょうか?

私が新卒で働き始めた会社では、女男の給料はみんな横並びで同額でした。

その後、何回か転職していますが、フルタイムの職種で、女性の方が、男性より理由もなく少ない、という事例にはついぞ出会ったことがありません。

一昔前はどうだったか知りませんが、現在では、新卒入社で、性別によって給料を変えるような時代錯誤な会社は、学生に選んでもらえないでしょう。

つまり、新卒時点の給料だけ考えれば、女と男は普通に、平等なのです。(そういうバイアスが利いています)

女性が、男性が、どうとかではなく、非正規雇用で働く女性のRatioが比較的に高いために、女性の方の給料が結果的に少なくなっているだけなのではないでしょうか。

つまり性差別というよりも、雇用形態のあり方の問題なのではないか?と疑っています。

★金銭解雇の導入が急務

http://tamojun51.com/archives/865

 

ただ、妊娠・出産をすると、女性は仕事を辞めざるを得なくなり、それでフルタイムの仕事のレールから外れて行ってしまい、結果、相対的貧困に陥る、という例は多そうです。

これは女性の役割の話でもありますが、明確な性差別なので、上記の金銭解雇の導入などで、是正していく必要があります。

★保育インフラは行政支配から脱却すべきである。

http://tamojun51.com/archives/1008

 

性差別と言えば、私が今勤めている会社では、深夜残業や休日出勤をすることとなり、以下のように言われたことがあります。

「女性は深夜・休日には、女性の友達や旦那・彼氏なんかと関係を継続するために、会っておく必要などが生じるから、基本的に深夜や休日の出勤は男性がやるべきである」

六本木にあり、外国人のPermanent Joberなども多く、若い人間がたくさん働いている職場で言われた一言です。

私は最近のジェンダー論を理解した上で、この言動に拭い去れぬ疑問を抱いています。

女性が横のつながりが大事で、そこを死守するのが過酷だというのは男の私には分かりようがないのですが、会社組織のために、深夜残業や休日出勤で、仮に、男の方がコミットすることを暗黙的に強いられているのなら、それは当然、男の方が、女よりも多くの給料を取ってしかるべきなのではないでしょうか?

もし他の職場においても、「男だから」という性差別により、きつい仕事にコミットされているような事実がある背景において、「男だから女よりもたくさん給料を貰っている」などと粗い評価をされたら、男は(特にきつい仕事にコミットされがちな若い男)「やってられない」という気分感情になりはしないでしょうか?

そういう背景などを踏まえると、特に若い人間で、同じ条件で、性別によって給料の不均衡などが存在するのか、私は甚だ疑問だと常日頃から感じています。

 

男は女に奢らなくてはいけないの?

永遠の議論ではありますが。笑

世間一般では、「男は女に奢るもの」とされているようです。

しかし、上記してきた通り、現在の若い人間で、性差別的に給料は変わらないと私は感じています。

同じ条件下においては、同じ給料を貰っていると仮定すると、一方が他方に奢ることが事実上義務付けられている関係というのは、経済的にあまりにも不合理・不平等なのではないでしょうか?

というか、男が奢るのが、当然ならば、当然、男の方が給料はいいはずだよね?とも感じます。

つまり、給料で男女の格差を完全に是正するのならば、それは、「男が女に奢る」という文化とも決別することを意味しないと嘘だ、と私は考えています。

私自身は、私よりもインカムの低い、例えば後輩(女男を問いません)などに奢るのはそれほど精神的な抵抗がありません。

ただそうでない、多くの場合において、女性の方に対して経済的有利な様々なシチュエーションに遭遇すると、それは「女性が望んで」性差別を是認しているようにすら見えます。

「給料は欲しい、でも、男が女に奢る、というアドヴァンテージにはフリーライドしたい」

これは道理が通らないのではないでしょうか?(当然、フリーライドしたい、と考えている女性ばかりではないことは理解してはいますが)

そういう女性はいわゆる乞食とどう違うのでしょうか?

 

そういうことを言う男はモテないという悲劇

ただ、上のように考えるのは経済合理的ではあると思うのですが、公言すると、

「そんなケチな男はモテない」

と若い女性から嫌われてしまうのではそれはそれで困ったものです。

(奢った方が、良好な関係、ないしは恋愛関係を維持しやすい、と考えるのならば、そこへの投資が男性側に必要になってしまいます)

これは恋愛市場において、若い女というのが、ただ若い、というだけで燦然と輝く価値を持ってしまう、という、一種の経済的に圧倒的強者であるという事実がもたらす効果でもあります。

つまり特定の若く美しい(主観)女性の心を自分に繋ぎとめておきたいというような欲求を満たすために、奢ったりプレゼントをしたりすることが、恋愛市場においては経済合理性を持つということもあるだろうというのが私の意見です。

(恋愛市場で圧倒的強者であるために、パパ活や援助交際、売春、使用済み下着に付加価値がつく、という経済効果が発揮されます。男が同じことをしても、あっという間に供給過剰になって儲からなくなります。)

なので、それは恋愛市場の話なので、ここらへんの考察に関しては、別の回に譲りたいと思います。

(ただ、ジェンダー問題と恋愛市場は密接に関係しあっている要素ではあると思います)

そして最後の考察は後編へと続いて行きます。

★後編

http://tamojun51.com/archives/2245

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