【会計監査】本当に監査法人が悪いのか?

2018.3.28付の日本経済新聞の記事を読んで。

『「粉飾分析官」が挑戦状、弱腰監査法人にNO』https://www.nikkei.com/article/DGXMZO28620270X20C18A3X12000/

ここで細野祐二さんという会計評論家のリポートの概要が説明されており、個人的になかなか面白かった。

寡聞にして、この細野さんという方を今まで存じ上げなかったが、なるほど、確かに言っていることに一理あるなと感じた。

簡単に言うと、ソフトバンクとかソニーの監査法人の会計監査が甘くて、経営者の言いなりの決算書をリリースしているから、投資家が危険だ、というもの。

監査法人はちゃんと監査せえ、というようなニュアンスが伝わってくる。

しかしそこらへんの社会的・金融的機能を監査法人に担わせていいのか、というか担わせられる性格のトランザクションなのか、大いに疑問に思っている。

 

監査法人にとって監査対象はお客様

監査法人は多額のフィーを監査対象である企業から受け取っている。

ソニーなら年間11億円以上。ソフトバンクは15億円以上も支払っている。

(連結および非監査業務を合わせた金額)

これだけの大企業になると、監査フィーも巨額になる。

つまり監査法人にとって、監査対象として、時に厳しい提言もしなくてはいけない相手は、大事な大事な取引先という立てつけになっているのです。

「取引先だろうがなんだろうが、プロなら言うべき意見はしっかり言い、それに従わないのならば、適正意見を出すべきではない」

というような、勇ましい反論をする単純な方もいるのかもしれませんが、時には、クライアントの仕事の邪魔になる可能性も感じながら、また、そのために、監査契約を解除されてしまうかもしれないリスクもありながら、正論を推し進めることのできる企業なんてそう多くはないのではないでしょうか。

サラリーマン・会社員として、サラリーマン金太郎のように、全く忖度せず生きてこられたような方だけが監査法人をディスることができると私は思います。

 

20~30代の若手会計士に稀代の経営者をやり込めるのは無理ゲー

また、大手の監査法人がどうやって働いているのかなどは私は知りませんが、現場ではたくさんの若手会計士が働いているのだと思います。

20~30代の若手会計士はそれはもう、会社法や金融商品取引法の知識や運用方法はしっかり頭に叩き込まれていますから、それらを駆使するレベルに関してはかなり高い。

若くして、会計士試験をパスしてきた秀才ばかりなのです。

しかし、若い頃から、会計士試験の勉強のみを頑張ってきたので、特段、業務知識などは豊富でない人間が多いと推察されます。(もちろん何にでも例外はありますが、大きな母集団としては、という意味で)

そんなテキストベースの法的知識だけが拠り所のひよっこが、例えば会社の経理が会社法に則っていない、とクライアントの財務部長などに提言するシチュエーションを考えてみましょう。

50代前半、強面の財務部長です。ちょっと見、ヤクザと言われても不思議ではないような。

そんな財務部長が関西弁だか広島弁だかわからないような調子で、

「先生、何言うてんの?素人さんやあるまいに。そんな処理させられてたら、利益なんか出るわけないわな」

みたいな感じで凄まれてみましょう。

若い会計士は自分たちが業務知識について劣っているというコンプレックスがあります。

加えて相手は大事なクライアントの責任者。これで委縮しないほど肝が太いなら、会計士でなくても、成功する可能性は高い人材なのではないかと思います。

会社で働いている人はご理解いただけるでしょうが、お得意様にきついことばかり言って嫌われていたら、商売にならないという背景があります。

まだ一般の財務部長ならいいでしょう。

しかしこれがあの孫正義御大だったとしたら?

テレビで見ているのではなく、目の前に孫正義が座っており、

「そんな減損はナンセンスだ」と言われてしまったら?

正しい主張はきちんと貫き通せ、などと少なくとも私は言えませんね。

 

そして解釈論へ…

例えば、営業CFが赤字というようなケースで、「G.Cの注記」(going concern:継続企業の意味)をつけると言われたら経営者は反論できないでしょう。

going concernの注記がついている企業はつまり、儲けがなく赤字で、財政状態がやばい会社という意味です。

しかし、上の日本経済新聞の記事にあるような、「のれんの減損」については解釈論の問題になってしまう。

例えば、ソフトバンクが買収した会社が赤字を出しているとする。

監査法人としては、保守主義の原則に基づいて、そのソフトバンクののれんを減損したいのだが、ソフトバンクの財務方としては、こういう主張をします。

「まだ全然余裕。たまたま今は赤字だったが、あと5年もすれば、黒字になってキャッシュカウになる。よってのれんの減損は不要だ」

つまり将来の見積もりの話になってしまう。

この見積もりの話になると、テキストベースの知識が豊富な会計士先生は途端に弱くなる。

まあ別に会計士でなくても、会社の事業が中長期的に上手くいくかぽしゃるか、なんて確定的な判断はできないでしょうが。(それが出来れば、株の取引きなんかで大金持ちになれるので、ケチなサラリーマンなんかやっていないでしょう)

特に孫さんのようなストーリーテラーがあの調子でバラ色の未来を語ってしまえば、籠絡される、というか、孫さんが怖くて、減損の意見を主張し続けることのできる監査法人なんてそう多くはないでしょう。

監査法人だって減損したいのです。そもそものれんなんて科目自体がおかしな存在と言えばおかしな存在だ。

 

監査法人の仕事というのは公益性が高い

つまり何が言いたいのか総括すると、監査法人の仕事は民間でやるには、「公益性が強すぎる」ということなのです。

今では誰でも簡単にネットで、企業の決算短信や有価証券報告書にアクセスすることができます。

それで人々は投資判断などを無料でしている。そしてそこにこそ監査法人の存在意義がある。

つまり、監査法人という存在は、クライアントのためではなく、決算書の一般の利用者のために会計監査をしなければいけないということなのです。

そんな公益性の高い監査法人が、そのフィーを一般投資家ではなく、クライアントから受け取っている。

ここに、問題の根があると私は考えています。

それではどうすればいいのか。

もちろん公益性が高いからと言って、これを役所でやる仕事にするなどは言語道断でしょう。

役人の仕事を増やせばそれは増税要因。

加えて民間における市場原理がワークしなくなり、結局、金融という社会機能が損なわれる可能性も高いでしょう。

それなら、上の記事にあるような「粉飾分析官」なる人間を増やしていくか。

しかしそれがまた財団法人など作っても、それは結局役人の天下り先を供給するだけの結果にでもなりかねないのではないか、という懸念も持っています。

つまり、有効な手立ては正直、現状ない、のではないかと考えています。

だから、投資家ひとりひとりが、シビアに決算書を見る、ある意味、監査法人とクライアント企業はそういうズブズブの関係なのかもしれないといつも疑いながら、職業的懐疑心をもって、決算書を見る、という姿勢を持って臨み、そういう人が一人勝ちしていけば、市場原理の自浄作用がワークするのではないかというのが私の楽観的な見解です。

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