デフレ=供給過剰ならば、ホワイトカラーをリストラし、需給調整すればいいという話

昨日、面白い記事が立て続けに2本アップされていたのでご紹介したい。

“仕事消滅”が理解できない人の3つの誤算 先に消滅するのは「頭脳労働」だ

全ての企業がいま「RPA」に本腰を入れるべき理由

この最初の記事の方は、記事内容について全く同感です。

以前に過去記事でも書きましたが、http://tamojun51.com/archives/889

昨今のPRAをはじめとした自動化・機械化による技術革新によって、ホワイトカラー職種の人的リソースはどんどん不要になってくるでしょう。

というか、RPAとかAIとかそんな技術云々の話の前に、ホワイトカラーをリストラするために、供給過剰状態に陥っている会社の統廃合がまず必要なのではないか、と考えるところです。

 

無駄な会社が多すぎる

無駄な会社が多すぎるとはどういう事か。例えば分かりやすい例で言えば、「新聞」

今思いつく限りでも、全国紙だけで、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、産経新聞とかがあります。

しかし新聞ってこんな必要なんでしょうか。

私なんかからすると、朝日と毎日は合併して例えば「毎朝新聞」とかになってしまえば良くて、読売と産経は名前は読売のままで合併しちゃえばいいんじゃないかと思うんですね。

朝日と毎日が左、つまりリベラルで、読売と産経が右、つまり保守、という建付けになっているのが現状でしょう。

編集記者とかの人的リソースあるいはカネ、モノなどの物的リソースをそれぞれ統廃合して集中させた方が、生産効率が良いように思うのです。

大まかに「保守」「リベラル」「自由主義(アナーキズム)」の3種類に大別された新聞さえあればいいので、それらが大同団結して、リストラし、内容や販売価格を合理的・経済的な水準まで収斂してくれれば、消費者としても絶対ありがたいと思うはずなんですよね。

そういう例は枚挙に暇がない。

例えば経済誌なんかもそう。多すぎやしませんか。

それぞれには良い事書いてあるのかもしれませんが、全部購入するのは経済的にも大変だし、時間的リソースも限られている。

きっちり差別化するために頑張って取材したとしても、結局リソースの無駄遣いなんじゃないかと思うんですよね。

結局売るために、価格競争とかの値下げ合戦になってしまう。だからデフレ環境が是正されないわけです。

つまり昔のように日本人はリッチではないのだから、供給力もそれに合わせて下げなければ、当然供給過剰(デフレ)になって、不景気感を味わう事になるのは当然という話です。

不要な会社が多すぎるわけですね。供給を絞らないとどうしようもない環境に既にしてなっている、というのが現状の市況環境なのではないでしょうか。

 

ゆえに技術的ブレイクスルーというよりも構造改革が必要

だから、まずはこの不要な会社を統廃合していく事が求められている過渡期なんだと私は認識しているのです。

RPAによる省力化の技術は目覚ましいものがありますが、それより前に、まず、ホワイトカラー自体が不要なのです。

つまり現在ホワイトカラーとして働いている人たちは、

・供給過剰状態による不要な仕事の統廃合

・RPAをはじめとした省力化技術のブレイクスルー

この2つによってますます社会的に不要な存在になりつつあるという事なのです。

経理職種などを考えてみればいいでしょう。

一昔前までは、機械のようにそつなくミスなく仕事をこなせる事務員が「機械のように正確」などと言われ、持てはやされていましたが、これは逆に言えば、「機械に任せた方がいい仕事」という事です。

およそ無機的な、標準化された単純作業は機械の方が断然早く、ミスもなく、コストもかからないわけです。

だったら会社において、機械に置き換えられるホワイトカラー職種をコストをかけて人手で賄おうとしている会社は経営者はじめ、あまり頭が良くはない。

頭脳労働は機械化・自動化とかなり置換可能性の相性がいいのです。

それなのになぜ、ホワイトカラーの正規雇用などという不合理・不経済な職種が未だにその地位を温存されているのか。

 

ホワイトカラーを大胆にリストラし、ブルーカラーとの需給調整をしたらいい

私はホワイトカラーの正規雇用が担保されているのは、政治的・社会的圧力なのだと理解しています。

ホワイトカラーが不要だ、という事実をどんなに理詰めで突き付けられても、そう簡単には翻意できないものです。

学校で勉強を頑張ってきて、それなりに高学歴になり、厳しい就職競争に勝ち抜いてきた人間ならば、それは一種自分の過去の否定につながりかねないのですから、抵抗するのも当然でしょう。

しかし諸外国などはそんなチンケなプライドは合理化の前では塵にも等しい、価値のないものですから、この省力化や、不要な企業等の統廃合はしばらくは世界的な潮流であり続ける事でしょう。

競争で勝とうと思ったら、勝てる分野にリソースを集中投下して一気呵成で攻めなければなりません。

つまり、世の中にある不要な会社が執るべき最も合理的かつ生産的な経営戦略とは、つまりは「解散し清算する事」。いなくなる事が一番社会の為になるという事なのです。

その会社に滞留している、ヒト・モノ・カネなどの貴重で有限なリソースがよりそれらを有効活用できる会社が利用できるようになり、社会的に一番望ましい資源配分になっていくのではないでしょうか。

そして、不要な会社や組織や事業を大胆にリストラしていけば、かなり大勢のホワイトカラーの仕事がなくなり、人手不足はどこ吹く風、途端に人余り状態が現出するでしょう。

そんな人余りになった人的リソースが現在人手不足と言われる、陸運業、飲食・小売、保育、介護、等のブルーカラー職種へと転換されればいいのです。

頭脳労働よりも、人間の手指や足腰などの有機的かつ複雑なマニュピレーションを伴う仕事の方が、機械化自動化の技術的ブレイクスルーが困難です。

だから人のやる仕事というのは、ホワイトカラーからブルーカラーへ転換していくのです。

決して人の仕事が「よりクリエイティヴになる」とかアホな事言っていてはいけません。

人間はより人間らしく、身体を動かす仕事が主業になっていくのです。

そもそもクリエイティヴってなんだよwwていうね。

今までホワイトカラーより一段低く置かれてきて、バイトや派遣などの非正規雇用で賄われてきたブルーカラー職種の方が、むしろ人間のする仕事になってくる、というのは皮肉ではありますが、地に足のついた結論でしょう。

あるいは性産業などでもそうかもしれないですが、ロボットなどに性的サーヴィスを受けても本源的生理的悦びはないから、流行らないと思うんですよね。

やはり人間のやる仕事は有機的で複雑なマニュピレーションに回帰してくる、人間のやる仕事は対人間の仕事である、というのはかなり可能性の高い未来だと思われます。

一旦ホワイトカラーの正規雇用という既得権益、甘いミツを味わってしまうと容易にはそこから抜け出せない。

ただしかしホワイトカラーは人余りでどんどん貧しくなっていく。

いつまでもホワイトカラーの仕事はなくならないとのほほん、としているのは別に構わないのですが、50代になってから、会社勤めのガラパゴス事務仕事しか知らないで地獄に落ちるのは悲劇でしょうね。

早い段階でそれに気づき、ホワイトカラー職種からの転換を図る者のみが、将来的にリッチで相対的に幸せな環境で仕事ができるようになる事は間違いないと確信しています。

学力の高い賢い者というよりも変化に対応できる、あるいは変化を楽しむことができる者が生き残れるのは動物界も人間界も大差ないのかもしれません。

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