老老介護問題を考える

増える老老介護 支援態勢の強化急ぎたい

産経新聞の記事。

厚生労働省による国民生活基礎調査によると、

要介護者、介護者共に65歳以上の割合が55%近くになり、また、75歳以上同士の割合が初めて3割を超えたとの事。

軽い認知症の人が、重い認知症患者を介護する「認認介護」も珍しくなくなってきているという。

なんだか、もう、随分前から、地獄のような惨状が漏れ伝わってくるのですが、一向に改善の気配もない。

というかますますの高齢化の進展により、事態は悪化の一途を辿っている事は数値を見るまでもなく、実感値として、国民全員がヒシヒシと感じているのではないかと思う。

去年の報道で以下のようなものもあった。

そして男性は湖に身を投げた~介護殺人 悲劇の果てに~

老いた母親の介護をしながら、どんどん蓄えがなくなり、老いた息子もまた心中を図った。

しかし母親は旅立ったのだが、息子だけは生き残ってしまい、裁判。

悲痛かつやむに已まれぬ末の介護殺人という事で執行猶予付きの判決が下された。

しかし、彼は出所後も、生活ままならず、結局自ら死を選んだとの事です。

この事件が起きたのが2006年。10年以上経つというのに状況は改善されるどころか、悪くなっているという絶望的な状況です。

もう行政は頼りにならないのだという事だけが分かった10年間でした。

ではどうしたらいいのか。

 

要介護期間を短くするのが一番効果的である

要介護期間が長くなるので、介護する側の物心両面が摩耗し疲弊し、今般のような介護問題・事件を起こしているのです。

要介護期間=平均寿命-健康寿命

要介護期間は上の式により、算出されます。

つまり要介護期間を短縮させるには方法は3つあるわけです。

①平均寿命を短くする。

②健康寿命を長くする。

③①および②の両方。

①の手法は倫理的にハードルが高すぎるでしょう。私は、こちらの記事で「安楽死キット」や「緩和ケアキット」のような手法が実現できれば、かなり利用者も増えると思うのですが、残念ながら、なかなか日本という社会には、受け入れがたい価値観であるという事は想像に難くありません。

そうなると必然②により国民の健康寿命をより、平均寿命に近づけていく政策が必要になってくると考えます。

では健康寿命を最大化させる政策とは何か。

私はそれは定年制の廃止及び金銭解雇の導入による働き方改革が一番効果的だと思っています。

何でも、医者によると、高齢者の脳と身体の一番の健康維持方法は、働き続ける事だと言います。

働く事で社会とタッチし続ける。

身嗜みを整えて、初めて会う人と会話をして、そして稼いだカネを使って大いに遊ぶ。

これが健康寿命を延ばすシンプルにして、最高の方法なのです。

ですからそのために定年制の廃止及び金銭解雇の導入によって、高齢者がいくつまでも闊達に働けて、そしてその人材の流動性を担保できる労働市場を組成しなくてはならないのです。

おそらく上にリンクを張った、琵琶湖に身を投げた男性も、働き続けられる社会であったならば、母を想い、その天寿を全うできたのではないかと思わされます。

 

まとめ

行政は対症療法で、焼け石に水のような、支援の強化だとかではなく、本質的に、健康寿命を延ばす政策を打ち出さないと悲劇は増える一方です。とにかく行政は遅い。

そして、健康寿命を延ばす事ばかりでなくやはり私は上に書いた③に取り組まざるを得ない状況に追い込まれていると考えています。

つまり健康寿命を延ばしながら、それでも、やむに已まれぬ事情において、心身を病み、もう生きる気力が底をついてしまった人が仮にいたら、そんな人に死の安らぎを与えてあげられるのが真の文明社会ではないかと思うのです。

医者が投薬をして、人を殺す、という事に抵抗感があるのなら、安楽死キットのような社会インフラがあってもいいのではないのでしょうか。自殺ではなく安楽死。

死を禁忌とし続けた、見せかけだけの優しさを標榜する社会が、上に上げた親子を心中まで追い詰めたのです。

もう一刻の猶予もないのは誰が見ても明らか。早く、抜本的で大胆な改革をして、老老介護の末の無理心中などという選択肢を取らないで済む社会に変えましょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です