保育所インフラは何も、認可保育所に拘泥しなくてもいいのではないか

「もう待てない」待機児童に母親ら悲鳴 都内8500人超

昨日の日経新聞の記事。

この記事によると、都内の待機児童の数が8,500人を超えたそうで。

もう保育所不足が社会問題となって久しいですが、なぜ未だに解決を見ないか、ここまでモタモタしているのか。

記事を読むと原因は、「用地不足・高い賃料・保育士不足」ここらあたりに問題は収斂するようです。

そもそも、認可保育所は規制が厳しすぎて、都市部での設置はかなり困難を極めるという背景もあります。

よって都では、認可保育所の代わりに、認証保育所という施設を独自に設定しているようです。

認可保育所と認証保育所の違いについてはこちらに詳しい。↓

とうきょう福祉ナビゲーション

奇しくも、都議会議員選挙が行われる今日、都心部を中心とした保育インフラにかかる社会問題を解決するためにどうすればよいか考察してみたいと思う。

 

ベビーシッターを使えばよいのでは

ベビーシッターとは「居宅訪問型保育」

つまり、お金を払って、ベビーシッターに家に来てもらい、仕事から帰るまで家庭内において、乳幼児の世話をしてもらう制度です。

これは上に書いた保育所が足りていない問題である「用地不足・賃料が高い・保育士不足」の全てを一挙に解決してくれる最強の代替案だと思います。

保育所だと、仕事が終わってから迎えに行くのだって、毎日の事だと結構負担になります。

居宅保育ならば、そんな負担もない。また、既存の保育施設に入れるようになるまでイライラしながら待つ必要もないのです。

なぜこれだけ保育所不足が社会問題として叫ばれて久しいのに、子育て世帯はベビーシッターを利用しようとしないのか正直理解に苦しむのですが、大きな理由としては以下3つ程考えられるでしょうか。

 

1.他人を家に上げるのに抵抗がある。よく知らない人に子供を預けるのが不安。

正直都市部で生活している私から見て、この閉鎖性は全くわからない事はないです。

全くの他人が家を出入りするなんて、特に都市部だとかなり精神的なハードルが高いのは理解できる。

しかし、そんな事言っている場合なのかな、という気持ちの方が圧倒的に強い。

窃盗やプライバシーをのぞかれる心配などはよく分かりますが、ベビーシッターはきちんと民間の資格を取得したれっきとしたプロです。

それなりに難しい資格なんでしょうから、志がなければ合格できないでしょう。

そういうプロを家に上げる事ができない、というあやふやな精神的感情的理由で、もし仮に使わないのだとしたら、文句を言わずに、既存の保育所に入所できるよう、不毛な努力を続けるしかないと私は思います。

リソースには限りがありますし、物事は全て、トレードオフで成り立っているのです。

世界は自分を中心に回ってはいません。行政を責めてばかりいてもなんら生産的ではないのです。

 

2.ベビーシッターは国家資格でないので、能力と適正に不安がある

ベビーシッターが国家資格ではないからNGというのは、私は全然合理的でないと思います。

そこまで国家資格者に拘る理由が分かりません。社会主義者でしょうか。

保育士資格とは、役所、厚生労働所の許認可資格です。

児童福祉法という法律で定められた資格であり、一種の規制です。

しかし、私は常日頃から思っているのですが、保育士に資格なんて必要なのでしょうか。

私は乳幼児期、保育施設へは行かず、自宅で保育士資格を保有していない両親に育てられました。

しかし、別段普通に育ちましたし、大きな事故も、成長阻害もなかった。

つまり、乳幼児の保育で一番大事なのは育てる者の慈愛や丁寧さであって、決して国家資格ではないのです。

逆に国家資格があれば、絶対OKと思い込む人の方が危険だと思います。

ベビーシッターは保育士と違い、国家資格ホルダーでないので、子供を任せられないと思い込んでいる人はまんまと厚生労働省の権謀術数に籠絡されている人なのだと思います。

厚生労働省のお墨付きなど押し頂かなくとも、子育ては立派にできると確信しています。

 

3.ベビーシッターは料金が高い。

ベビーシッターの料金の相場を調べてみると、フルタイム(1日6時間×週5日)で20万円以上はかかります。

これはきついですね。片親の稼ぎが丸々吹っ飛んでしまう。

それなら、働きに出ないで3歳くらいになるまで両親で会社を交代で休んで、家で保育しようとなってしまうのもむべなるかな。

もし両親が交代で産休・育休を取りながら、保育できるなら、ある意味これがベストとも言えるのですが。(子育て経験というのは得難い経験になると思われますし)

しかしやはり現状の日本の古臭い価値観では、職場を長期離脱したら、築いてきたキャリアを失ってしまうのが残念ながら現状。(そのため金銭解雇制度導入なんてのも有効なんですが。)

両親ともに働き続けられるために保育施設を利用したい。ところが空きがないので、ベビーシッターで居宅保育にせざるを得ないのが現状なわけですから、それでは本末転倒。

ではどうすればよいか。私は都がベビーシッター利用家庭に補助金を支給すればいいのではないかと思います。

認可保育所の保育料が月額(利用者の所得制限などがありますが)おおよそ3万~5万円のレンジになっています。

なので、既存のベビーシッター料金負担も月額10万円くらい支給してあげれば、もっと普及するのではないでしょうか。

3歳未満児が成長するまでの期間、3年間くらいですから、その期間くらい、都が補助するべきだと強く感じています。

保育所を増やす殖やすと掛け声だけ上げながら、それが結局今まで実現しないのは、一番の問題はカネでしょう。

実際ウワモノにカネをかけて、投資が回収できないような状況に陥ったら困りますから、行政も二の足を踏んでいるという事です。

しかし、補助金というカタチで居宅保育がポピュラーになったら、無理して、ウワモノを作らなくても済むようになる。結果、財政的には経済的なのではないでしょうか。

また、一部のスポーツナショナリストだけが待望している東京オリンピックなんぞに回す予算があるなら、子育てに予算を割くのが本当の文明国の本来あるべき姿であるとも感じています。

子は国の宝で、ゆくゆくは担税者として成長し、国の経済を支えてくれるという経済的投資なのだと言う事を都には理解してもらいたいものです。(東京オリンピックは負のレガシーしか残さないと思っています)

オリンピックという他人の運動会にカネを使うくらいなら、自国の子供や子育て世帯に報いるのが私的には割と自然な考えの帰結なのですが。

 

まとめ

上記の事から、私は何も、ハコモノの保育所インフラに拘泥しなくても、いくらでも、保育のしようはあるのではないかと感じています。

どこか都市部に物件を借りて、ベビーシッターを集めて、認可外の保育所を作ってもいいでしょう。

厚生労働省の規定した無駄な規制などがなければ、実は保育所はいくらでも増やしようがあると思えて仕方ないのです。

全ての元凶は厚生労働省の縄張り意識にこそあると言っても過言ではないと思っているのです。

国家資格でなければいけない、認可保育所でなければいけない、という思い込みをまずは取っ払うべきでしょう。

日本は社会主義国ではないのです。厚生労働省の言う規制に、縛られる必要なんかはない。

なぜ、保育所が少ないのに、厚生労働省は既存の規制を保持し続けているのでしょうか。

それは自分たちの食い扶持がなくなるのが困るからです。

昨今の保育所の社会問題化の根っこは全て、自らの保身が、子育てに苦しむ家庭の苦悩や、未来の子供たちよりも大切だと考えている何よりの証左なのです。

是非そんな非合理的な規制に縛られず、もっと自由に子育てのできる、選択肢のある子どもと子育て世帯に優しい社会づくりをしていかないといけないと強く思っています。

 

しかし一点考えているのが、子供が生まれて、1年間の保育は、私は母親がするべきだと思っています。

これは性差別でもなんでもなく、唯物的な考え方からです。

なぜなら、産後、母親からは母乳が出ます。これは産後の赤ちゃんにとって一番適した食事だと聞いています。

免疫力がついたりととにかく、生後すぐの赤ちゃんにとってベストな食事なわけです。

少なくとも、母乳が出続けている間は、母親は子供の傍を離れず、お腹が空いたと言って泣けばすぐに母乳を与えられる状態にあるのがとても自然な形だと思っています。

男親には母乳は出せない。母親にしかできない大変に崇高な行為だと強く感じます。女性蔑視どころかまるで逆です。

家庭の事情はあるので一概には言えませんが、産後、体力も落ちているであろう母親がその出産のダメージから回復しながら、母乳を赤ちゃんに与えるというのは、神の配剤とでも言うべき、自然の摂理なのではないでしょうか。

キャリアウーマンが産後すぐ職場復帰して、母乳で胸が張るので、トイレで母乳を掻きだしているというドラマのシーンを以前見た事があるのですが、何だかすごく不自然だなあと感じました。

母乳が出なくなったら、上記したような保育インフラを活用して、母親は働きに出るもよし、男親もガッツリ子育てに参画すべきだと思っています。

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